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シェイクスピアのマクベスとマクベス夫人についてのメモ 

住田至朗

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まず、何故マクベス夫人は執拗に「手を洗う」のか?

マクベス夫人は、罪業のシンボルである幻の血痕を執拗に洗い落とそうとします。これが森千香子の作品テーマである「赤」と通底しています。

日本人は「足を洗う」ことで罪業からの離脱を宣言しますが、「手を洗う」ことにはキリスト教的な背景があります。

エルサレムにのぼったナザレのイエスがユダヤ人ファリサイ派によってローマのユダヤ属州総督であるポンティウス・ピラトゥスに引き渡されます。彼等には、同じユダヤ人でおそらくユダヤ教のラビであったナザレのイエスを裁く権利が無かったのです。

しかし、新約聖書マタイ福音書では

「この者の血には、私は責任がない。お前たちが勝手に始末せよ。」

と言ってポンティウス・ピラトゥスはその手を洗うのです。実はこの「手を洗う」という動作は旧約聖書の申命記や詩篇に「身の潔白を証明する手段」として何度も現れます。

つまりマクベス夫人の手に付いた血痕=罪は、決して洗い落とされることがないのです。

スペインの無敵艦隊を破った処女王エリザベスの治世は黄金時代と言われ、正にシェイクスピアが活躍した時代でした。しかしエリザベス1世が亡くなりチューダー朝は跡絶えます。

そこにスコットランド王のジェームズ6世が新たにイングランド王ジェームズ1世として戴冠します。1603年の事です。

シェイクスピアがこのマクベスを書いたのは1606年頃と言われています。現在の「マクベス」はジェームズ1世の宮廷で演じられた台本が今に伝わっているのではないかと言われているのです。言い換えればシェイクスピアが新王を「ヨイショ」するために書いた芝居かもしれないのです。

マクベスでは魔女たちがとても重要な役を果たしています。実は、ジェームズ1世はスコットランド王時代に魔女を100人以上逮捕し拷問し殺害しています。どうもこの王様は魔女が大嫌いなのです。だからマクベスをそそのかす魔女達が登場するのでしょう。魔女の親分ヘカテーは元はギリシャ神話の女神ですが、中世以降「悪しき女の力」を表すシンボルになってゆきます。ここに夫をそそのかすマクベス夫人との関係が暗示されている様に思われます。

一方、史実では、マクベス自身が新しき王ジェームズ1世にとって仇でした。

つまり、マクベスをどんなに悪し様に描いても、全く問題にならないのです。ジェームズ1世は、マクベスが予言に怯えて殺した同僚のバンクォーの子孫だと言われているのです。

マクベスが魔女達に再び会いに行き予言を訊く場面があります。そこでバンクォーの亡霊には8人の王達が連なっています。その8人目がジェームズ1世だと言われているのです。

さらに、劇中で、マクベスに殺されたダンカン王の長子マルカムが逃れたイングランド宮廷で王の不思議な力、治癒不能の病人に王が触ることで病が癒える「ロイヤル・タッチ」が唐突に登場します。

この「ロイヤル・タッチ」には王の権威と正当性を証しする効用があった様です。もちろん、これは治癒神イエスが福音書で多くの患者達に触れるコトで治した(癒した)という伝説に依拠しています。ジェームズ1世の孫、チャールズ2世は年間4000人の病者に触れたそうです。

さらにこの話にも繋がりますが、ジェームズ1世は王権神授説を自ら論文を書いて主張した王様でした。その文脈で、マクベスは「悪い専制君主のサンプル」として描かれているというのです。

しかし、マクベスは実在したスコットランドの王様です。確かに従兄弟のダンカン王を弑逆して王位を簒奪しています。しかし、統治能力が高く、10世紀末にしては長い17年間の治世を得ています。決して評判の悪い王様ではなかったのです。王妃(マクベス夫人)に唆されるというのは別のエピソードからシェイクスピアが採ってきたものです。

また、エリザベス1世の父親はお后を6人も娶った(その内2人が死刑にしました)ので有名なヘンリー8世です。その長女メアリーはエリザベスの前の女王でしたが、スペイン王の娘が生んでいますから、ガチガチのカトリック信者でした。メアリーはイングランドをカトリック国に復帰させます。

しかしヘンリー8世の作った英国国教会はトップが王様という以外はカトリックにとても近似していますからさしたる問題はなかったのです。むしろドイツ・スイスからフランスを経て伝わったプロテスタントをメアリーは徹底的に弾圧します。彼女が「ブラッディー・メアリー(血まみれのメアリー)」と呼ばれた所以です。トマト・ジュースにウォッカを垂らしたアレですね。

ジェームズ1世の3人の子供(エドワード6世王、メアリー女王、エリザベス女王)は王位を継ぎましたが全員子供を残さなかったのでテューダー朝は断絶します。スコットランドに嫁いでいたヘンリー7世の姉マーガレットのひ孫であるジェームズ6世がジェームズ1世としてイングランド王を継ぎました。スコットランド王と2つの王冠をもっていたのです。その後アン女王の時代にグレートブリテン王国に統合されます。これがジェームズ1世のステュアート朝の始まりで、それを祝福する戯曲をシェイクスピアが書いたと言われているのです。

ジェームズ1世は英国国教会の敬虔な信徒でした。宗教改革の影響もあって、この王様の命令で聖書が英語に訳されます。これが「欽定訳聖書」と呼ばれるものになったのです。


森千香子のプロフィール http://chikakomaria.com

 現代美術アーティストとして1990年代より、東京だけでなく横浜、沖縄、軽井沢など日本各地および、ロンドンを初めイギリス国内では北部のカーライルやブラックボーン、ドイツ国内ではケルン、ミュンヘン、ランツフート、チェコのプラハ、オーストリアのウィーン郊外等のヨーロッパ各地で展覧会を開催。また、アメリカ人アーティストとのコラボレーションでアメリカ中南部サンタフェで展示、ドイツ人のパフォーマンス作家ボリス・ニースルニィーとのプロジェクトをカナダのバンクーバーで展示した。
 
作品は赤を主題として日本画を基礎とし、和紙に顔料絵具での抽象、具象画から手染め、手漉きの和紙や作品写真をプリントした布地等を使った屋内、屋外での大掛かりなインスタレーション作品を制作する。日本画の制作過程で顔料の材料となる天然石に興味を持ち、アクセサリーの制作を始める。
 
 アクセサリー作家としては明田継の名前でロストワックス技法によるオリジナルのシルバーやゴールドのアクセサリーに天然石やチェコガラス、ベネチアンガラス、淡水パール、キュービックジルコニア等を組み合わせたペンダントヘッドやリング、ピアス、ネックレス等を制作。

 布バックは現代美術のインスタレーション作品の写真を布にプリントしたり、インスタレーションに使用する手漉き和紙を染める染料を使って麻布や綿布を染めたものに手描きのサインやドローイングを刺繍したものを使って制作。その他、ウィリアムモリスデザインの植物モチーフの布地や輸入のジャガード生地、ゴブラン織り生地等を独自の感覚で組み合わせたバックやポーチなどを制作する。

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